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焼き蜜柑

 みかちゃんは背が低かった。あまりに低いので、骨に注射を打っていた。
 誰もいない昼間に除雪車が路肩に雪を撒き散らしていく。堆く積み上げられた雪の上を、朝には小学生たちが列をなして歩いてゆく。雪山は排気ガスと泥とで黒くなっていた。踏みしめられた雪山をのぼっては下り、のぼっては下る。たまに転ぶ子どもがいたが、ナイロンの二重ズボンを重ねて穿いているため濡れはしなかった。本物の雪山に行くときにも子どもたちはこのズボンを穿いていく。
 商店街のアーケードは一年の半分ほども濡れているために錆と黴で真っ黒になっていた。朽ちて今にも倒れそうな柱の影に燕の巣が残されている。蜘蛛の巣が一筋垂れていた。初夏には巣の下に糞受けのダンボールが敷かれる。夏が過ぎて秋になってもダンボールは片付けられることはない。十一月にみぞれが降り始めるといつの間にか無くなっている。みぞれは町中を覆った。畑に張るビニールシートさながら小さな町を覆った。雹は空の高いときに振った。雹は町を覆い尽くすようなことはなかった。普段はぼた雪が降っていた。親指の爪の大きさの雪が音を立てて降り積もっていた。
 みかちゃんはよく学校を休んだ。プリントを届けに商店街裏の家まで行くといつもひとりで留守番をしていた。玄関はいつも靴で溢れていた。
 炬燵の中で待っているとみかちゃんは冬でもカルピスを出してくれた。そして二階のみかちゃんの部屋から電子手帳の箱を持ち出してきた。電子手帳の箱はいまだにクリスマスの包装紙で包み込まれていた。使うたびに包みなおしているようだった。
「この電子手帳はね、ハムスターを飼えるんだよ」
 居間のテレビの上にはプールで撮った写真が飾られていた。みかちゃんは水着を着せるのがためらわれてしまうような体つきで、肘と膝と腰がぽこんと目立っていた。この写真では遠くてよく分からないが、みかちゃんの体には大きな注射の痕があるはずだった。学校のプールの授業のときに見たのをよく覚えている。赤く大きく腫れていて、たちの悪い虫に刺されたかのようだった。痕の様子ははっきりと覚えているのだが、腕だったのか脚だったのか、あるいは背中だったのかは思い出せない。全部だったかもしれない。
 赤い包装紙を脇にどけてみかちゃんは立ち上がる。立ち上がっても立ち上がったという迫力がない。雨戸の半分閉まった手前では石油ストーブの上の薬缶が音を立てている。みかちゃんは天板に蜜柑も載せた。蜜柑を焼くみかちゃんの着ていた半纏は桜模様だった。
 

2006 大学3年の夏  稚菜

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