しずかな夜には
月もなく
耳なりばかりが
ひびきあう
そのつめたさ
その清澄
いとしい
いとしい
しずかな夜
2004 大学1年の秋 稚菜
腹を切り裂き
溢れるものは
黄金の蜜酒に
真紅の砂
白き綿くず
黒き湯気
誰かこの私の
毒を抜ききってください
2004 大学1年の秋 稚菜
秋の陽は明るく透き通り
幾つもの窓の向こうの
昔眺めた空の色
セイタカアワダチソウ
枯れた草のこころよい音など
遠くの景色まで見えるようだ
風の滑る様も
身を走る不思議な痺れに似ている
こんな時
空想はどこまでも広がり
幼い自分やささやかな秘密が
私の周りにまとわりつく
その恥ずかしさと言ったら!
秋の日は短く
小さな人間に似つかわしい
まもなく窓のくもるその朝まで
しばし夢に生きるのだ
2004 大学1年の秋 稚菜
何も出やしない
泉はすっかり涸れてしまった
この咽を 言葉を
潤おしていた清水は
絶えゆくものであったのだ
放浪は何の変化をもたらすものでもない
次の水場でも同じことだろう
2004 大学1年の夏 稚菜
正午のホームにひとりきり
電車を待つのは
本当に頼りないものだ。
向いを過ぎる車窓にも
人影は見られない。
のこされた風は夏の日陰に快いが
たった今
階段を上がってきた恋人たちが
本当に恋人同士なのかも判らないのだ。
葺石はやけに白く
私を馬鹿にするばかりである。
2004 大学1年の夏 稚菜
モモ色に熟れて
やわらかに
ぴんとはちきれるほど
この肌の
どこかにのこされた
傷あと
は
それはそれは
大切なもの
2004 大学1年の夏 稚菜
この朝の何処かにのこる
わだかまりは
日の光のもとに
まぎれてしまった
私は
わすれてしまうのが
ひどく恥ずかしい
2004 大学1年の春 稚菜
おやすみ
今日も疲れたね
朝がまた来るのは
本当につらいけど
とりあえず今は
とても静かだ
お茶をありがとう
さて、寝るとしようか
おやすみ
口に合ったようでうれしいわ
私が私でしかないのは
本当にこまるけど
とりあえず今は
夢にひたりましょう
布団のにおいが心地良いわ
ああ、幸せ
さて、本当に電気を消してしまうよ
窓の外に何が見えても、もう知らない
おやすみなさい
良い夢を
2004 大学1年の春 稚菜
大さじをつたって
わたしの中へ
とろとろと流れこむ
いのちたち
2004 大学1年の春 稚菜
うちしぶかれて
果てゆくものは
何も私に限らない
過ぎる景色の
隅々までを
撫でまわし
味わい尽くして
その甘美
その辛酸
何も私に限らない
2004 大学1年の春 稚菜
私は音にふれていたかった
色にふれていたかった
だのに
それらは遠く遠く
海をひとつふたつ超えた
その腕一本先のところで
わたしを凝視しているのです
2004 大学1年の春 稚菜
花うさぎ飛び交う
春のゆうべ
待ち焦がれたその景色は
やがて伽藍堂になってしまう
とどめおくにしても
その白は
うすすぎて
可愛すぎて
2004 高校3年の冬 稚菜
千のウロコに
私がうつる
千の光は
ナイフの白刃
水斬り
散る泡
ひとめぼれ
彼の泳ぐは
私の内海
あばれ魚を
どうしよう?
2004 高校3年の冬 稚菜
私とあなたは
背中あわせ
昼と夜とのあいだの時間
それは朝?
それは夕べ?
いま私たちは
どこにいる?
2004 高校3年の冬 稚菜
なんだろう
とおもって
吐き出してみると
小さな
あかいビー玉だった
それからというもの
わたしは
それを手放せなくなって
しまったのです
2004 高校3年の冬 稚菜
ららら
手をのべ つかんだ
それは
少女とよばれる
わたし
だった
ららら
そこに
鍵はあるはず
わすれた記憶を
ぬりかえよう
2004 高校3年の冬 稚菜
他方の影が私を超えても
その日歴史は終わらない
影と私が入れ替わらずとも
その歴史は残らない
2004 高校3年の冬 稚菜
大いなる光がやってきて
わたしはしばらくめしいてしまった
きがついたらこの手に
手にあのひとのちが
そのまたたきの間のどんなにながく
みじかかったことでしょう
この手に
手に
2004 高校3年の冬 稚菜
窓を閉めて頂戴
テレビも消してしまおうか
知らなくて良い事なんて
山程あなたを襲うのよ
2004 高校3年の冬 稚菜
網の目をかいくぐってしまった
希望の種は
大きな落胆の華を
咲かせました。
わたしは
あれだけ注意したのに
あなたが
あれほど繊細だったから。
2004 高校3年の冬 稚菜
しとしとと
咽の裏へ
落つる雫は
何とも云へぬ
甘き味
2004 高校3年の冬 稚菜