祇園の半月

ふたつの夢が手招きをする
京の宵
歩き疲れた両の足に
絡み纏わる玉砂利は
それぞれの音色で興じている
優しい京の宵
麗しい京の宵
この夜
ぽかりと浮かぶ半月の
もの言わず差し延べた指が
ふたつの過去をまとめあげようと
静かにこの身をなぞるのだ

2003 高校3年の秋  稚菜

並在する幾つもの世界は

並在するいくつもの世界は
それぞれに深刻な危機を迎えている
窓の外では夜の帳が
扉の向こうでは審判の含み笑が
そして隣人の脳内には過去と未来が
それぞれの事象は
互いに深く関係を望んでいるのに
それは意志ではどうにもならないことなのだ
その訪れるかも判らない一瞬を
私はじっと見詰めるのみ

2003 高校3年の秋  稚菜

星野原

月咲く夜の路
返り道
こころ飛び交う星野原
屋敷の鍵を持つ物は
暗闇に浮かぶ人影か
近くにあって目に見えぬ
闇色に浮かぶ人影か

2003 高校3年の秋  稚菜

背中あわせ

楽しい私に朝灼けを
哀れな彼に目隠しを

夜に焦がれた私の手
闇を求めて宙をかく
嘘の世界に横たわり
夢見る私に朝灼けを

川を差す日に照らされて
貴方の瞳は奪われた
夢追うその背は陰だらけ
消えゆく彼に目隠しを

2003 高校3年の秋  稚菜

夢負う民

孤独な旅路は尚も続く
その背に夢を負うかぎり

世に落ちたばかりの陽は
明日の真暗闇の予兆
壊さぬように
絶やさぬように
おびえながらそれを抱く彼等に
どうして約束がもたらされよう
瞳を失った民は
光を求めて彷徨うのみ
その背に夢を負うかぎり

2003 高校3年の秋  稚菜

秘密

「知らない人も 知ってる人も
誰もまだ見ぬ 私がいる」
そんな自尊心でようやく立っていられる場所で
真実のわたし
最もたしかなものなど見つけられるだろうか
深いと信じきっていたこの沼が
意外と浅いと判ったその後でさえ
こうして足を踏み入れられないのだ

2003 高校3年の夏  稚菜

蛇口からほとばしる水の音が
いやになま臭くて
まるで文字の如く
長虫でも這い出てきそうな
それならいっそこの指から心臓まで
心ごとひねりつぶしてしまえばいい
そうして 私の内部の
このこくりとした色を注視してくれる人がいたなら
言う事はないだろう
それとも待つばかりの時間など
歯牙にもかけぬと言うの?
決めるのは 他でもない あたし

2003 高校3年の夏  稚菜

悪夢

水底で息をひそめ
じっと目をつむる
あの感覚が
はやく過ぎ去ってくれるよう
頭をましろにして
じっと待つ
ああ
引き潮はまだかしら
問題はこの息が
いつまで続くかどうか

2003 高校3年の夏  稚菜

屋敷

そして僕は外へ出た。光が目を焼く。一瞬のめまいに心地良ささえ感じて足を止めたが、 じきに太陽はなんでもないもののように思えてきた。再び目をあけるとそこは手入れの行き届いた庭園だった。 サツキが綺麗だ。歩を進めるうちに左手に暗緑色の池が見えてきた。水面の僕を錦ゴイが一刀両断にする。 僕は急いでその場を去った。また暫く歩いていくと、右手の岩の上にトンボがとまっているのを見つけた。手を伸ばす。 逃げられる。少しさびしくなって僕は急いでその場を去った。そこでふと思い当り、後ろを振り返ってみた。 玉砂利の上に、僕が放つふたつの影。こうなるともう分かってしまった。このまま歩いていくと断崖絶壁の壁がある。 なぜそう思ったのかはわからないが、確かに分かってしまった。怖い。寒い。汗が出る。だから僕は母屋へ逃げ帰ったんだ。 扉を閉めて僕はため息をついた。誰がこの屋敷を作ったのだろう。

2003 高校3年の夏  稚菜

貴女に

貴女がふりまく 影を 影を
夢中で追った 可愛い日々
あれから僕は少しでも
変われたつもりでいるのかなぁ?

貴女が見せる 香りを 香りを
夢中で求めた 恥ずかしい日々
あれから貴女は少しでも
変わってしまったのかなぁ?

貴女がうたう 氷を 氷を
夢中で集めた いたいけな日々
あれから季節は少しでも
変わったことになるのかなぁ?

2003 高校3年の夏  稚菜

真夏の夜の夢

唐突に
ひらめく願望
汗の海から顔を出し
鮮やかな月を仰ぎ見る
その輝きを小柄にうつし
穢れた身体を斬り捨てて

今 摩天楼を泳ぐ
魚になる
その堂々たるや
泣きたくなるほどに

今 熱帯夜を泳ぐ
魚になる
その悠々たるや
悲しくなるほどに

叫びたくなるほどに

2003 高校3年の夏  稚菜

明けない夜

ひたひたと近寄る
後悔の足音
問いかけの夜が
またおりてくる

この森に
時間は無い
誇張された木々が
思いやりでもって
私をなじるだけ
ぷつぷつと芽生えては
ひからびていく花々
月はどこだろう
太陽はどこだろう

湿った土が
僕をじわじわと・・・

2003 高校3年の夏  稚菜

トンボ

わたしはたしかに
手を伸ばしたのです
とりあえず 今のところ
それはまちがいではなかったと思うのだけれども
あの時
トンボは逃げてしまったのです
だからわたしは
今度こそのがすまいと
力をかけすぎてしまったのです
かれはすきとおった羽を持ちながら
二度とわたしの許をはなれませんでした
わたしはもうひとりではなくなったのです
何がいけなかったのでしょうか
逃げたかれ?
追ったわたし?

2003 高校3年の夏  稚菜

梅雨

けぶるような絹糸の中
届かない陽光に半ば安心し
尽きない雨音に半ば絶望しながら
窓のはるか彼方を見ていた

汚れを洗う
汚れた涙に
意思なき邪悪を感じた
その首筋を這うのが
何故だか心地良くて

むせるようなにおいの中
届かない視線に半ば安心し
尽きない快適さに半ば絶望しながら
窓のはるか彼方を見ていた

終わり、
を願っていた

2003 高校3年の夏  稚菜

土バト

土バトを見て思った
飛べたらいいのに、と
汚れた羽があれば
この身も
心すら、いらない

2003 高校3年の春  稚菜

くつずれ

ああ どこかで休めないかしら
皮がむけてしまったようね
血が出ていなければ良いけど
安物を買ったのがいけなかったのかしら
靴が小さすぎたのがいけなかったのかしら
足が大きくなりすぎたのがいけなかったのかしら

2003 高校3年の春  稚菜

高すぎる沸点

泡立つ怒りをつぶしつつ
とぼとぼ歩く午後の町
なんでいつもこうなのかしら
寂しさを通り越した苛立ちが
苛立ちを通り越した孤独が
心室内で飽和する

波打ち怒りを無視しつつ
足早に行く夜の町
なんでいつもこうなのかしら
理性をのみこむ感情が
感情をのみこむ空虚が
肺胞内で臨界する

2003 高校3年の春  稚菜

あかしあ

白い空に白い花
舞い散る緑に白い花
果実の香りの白い花
うぶな光と白い花
離れる場所は白い花
帰るところも白い花
いつ見上げても白い花
光の棲家は
あかしあの花

2003 高校3年の春  稚菜

強歩大会

夏も近付く九十九里や
砂にまみれて老朽化
構いやしない
若いうちだ
狂って笑えば元通り

夏も近付く九十九里や
波に襲われ鈍重化
構いやしない
涼しいじゃないか
ワカメひっかけ大名行列

夏も近付く九十九里や
光にやられて臨終か?
構いやしない
はかない命さ
お天道様も人が悪い

2003 高校3年の春  稚菜

横暴な裁判長

うしなわれた“本当”
いつのまにやら
手のうちからこぼれたようで
しらない人はどこまでもしらないし
しってる人もあまりしらない
ただ
二者のはざまには白い線があって
僕は僕の好きな人々を
ぐるぐる囲んでしまった
“本当”はもういないのに
なぜでしょうか
この性分を
否定したいのです

2003 高校3年の春  稚菜

ノクターン

ふらふら踊りまわる日々
めまいを誘う芳香と
夜に浮かぶ金の花

冷たい風は糸を手繰る
金糸 銀糸のノクターン
毒をはらんだ優しい粒は
肺の中ではじけとぶ

ふるえる音は
空気の記憶に
共鳴し
時間を止める

ゆらゆら歩きまわる日々
かすんだ目にもあでやかな
夜に浮かぶ金の花

2003 高校3年の春  稚菜

数え歌

ひと夜
ふた夜と
数え歌
距離を眺めて
ため息ひとつ

千夜
二千夜
数え歌
時間を眺めて
ため息ふたつ

ひととき
ふたとき
数え歌
横顔眺めて
窒息死

2003 高校3年の春  稚菜

花ヨミ小道

花ヨミ
花読み
花黄泉小道
扉の前で右往左往
顔色窺い行く小道
蜜を奪われ死んだ炎
ツツジ蹴り捨て行く小道

2003 高校3年の春  稚菜

夢ヶ浜

骨降り積もる夢ヶ浜
苦労と怠惰の終着駅
まだ見ぬ肉のその先は
エンマ王の闇御前
嘘をついたその罰は
逃れられぬ夢ヶ浜

2003 高校3年の春  稚菜

月見餅

満チタ月夜ノウサギ餅
咽ニツカエテ離レナイ

どこへ逃げても追ってくる
冷たい光は静かな滝
清き力に挑むほど
僕は物好きだったのかい?

イトメデタキ望月ニ
捧ゲル供物ハウサギ餅

心の底から染み出すような
笑みを浮かばせ続ければいい
こんなに愉快なことはない
やっと君から解放される

明ケヌ月夜ノウサギ餅
覚エタ味ハ離レナイ

2003 高校3年の春  稚菜

キャラバン

悲しきかな 悲しきかな
蟻地獄に堕ちてゆくその人は
きっと何も考えずに悩んでいたんだろうね
ほらね 一度すべると止まらなかっただろう?
余所見をする余裕は無い
まして這い上がる力なんて
だから君を見捨てていくよ
悲しきかな 悲しきかな
さようなら

2003 高校3年の春  稚菜

矛盾

終わらない日は無くても
終わらない時はあると思う

2003 高校2年の冬  稚菜

遅刻

長いものには巻かれましょう
きっと温かいわ
マフラーのようだと思う
だから私はここにいるの

甘さに慣れていないのね
だって日本人ですもの
薄味がお好みでしょう
だからぬるま湯が好きなわけ?

季節が早すぎたのね
つぼみさえ固いじゃない
そんなに急いで
何が出来るというの?

それとも遅刻してたのかしら
それなら駅の時計の所為ね
多分あそこのは
過去を示していたのでしょう

いただいたお花は
大事にするわ
一番気に入ってる小箱に飾って
いつまでもとっておく

だからあと一度くらいは
待ち合わせましょう
私のミスには
どうか目をつむって頂戴

せめてもう一度くらいは
顔を合わせましょう
早かろうと遅かろうと
あなたに関しては気にしないでいてあげるから

2003 高校2年の冬  稚菜

言葉の果てに雪が降る

言葉の果てに雪が降る
逃げても無駄で
挑んでも無駄で
言葉の果てに雪が降る
音を吸い込み
洗い流し
言葉の果てに雪が降る
熱は冷めて
冴え返る

言葉の果てに雪が降る

そしてひとりきりになる

2003 高校2年の冬  稚菜

楽興の時

ららら ふらふら
踊りまわる
まわる まわる
未来へ 過去へ
右に流れて 左に流れて
顔から 顔へ
肩から 腕へ
ららら たりらり
まわる まわる
手を引く人がいなくても
差し出される手をはねのけても
興じて呆ける私がいる
ららら ゆらゆら
いらいら ららら・・・

2003 高校2年の冬  稚菜

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